株式会社アイゼル経営研究所

ビジネス・ショート・ショート

ビジネス・ショート
  • 「頑張れ玉野市!!」
    2021.10.10
    先日、玉野市の三井E&S造船が、造船事業から撤退しました。三菱重工マリタイムシステムズと言う会社が同場所を借り、事業を引き継ぎます。私は玉野市和田と言う場所で生まれ中学校まで過ごしました。家は2階の物干し場から造船所のクレーンが見え、クレーンの角度でTVの映りが変わるほど造船所の近くで、朝夕は家の前の県道が三井造船へ出勤する自転車で一方通行になるほどでした。100年以上前、旧三井造船が玉野市で創業し、玉野市は造船城下町として成長していきました。玉野市は1975年には人口が8万人近くまで増加しましたが、三井造船の衰退と共に人口減少が続きWikipediaの推計人口、2021年9月1日では55,599人まで減少しているようです。私は玉野市の衰退の運命は瀬戸大橋のルートに洩れた時点で決まっていたと思っています。当初、瀬戸大橋の選定ルートは、Aルート(神戸・鳴門ルート)、Bルート(玉野市宇野・高松ルート)、Cルート(玉野市日比・高松ルート)、Dルート(倉敷市児島・坂出ルー ト)及びEルート(尾道・今治ルート)の5ルートでしたが、1967年にB、Cルートについては調査途中の段階でDルートよりも明らかに工事が技術的に困難で工事費も高くなると判断され、玉野市の2ルートは調査対象ルートから除外されたのです。倉敷が地元の元総理の橋本龍太郎代議士、ロッキードで有名な加藤六月代議士、両故人の暗躍のせいでしょうか?かくして玉野市は岡山県南の陸の孤島になってしまいました。玉野市は渋川海岸が有名で、海の街のイメージですが海岸線の殆どは三井造船の工場で、以外と街と海は隣接していません。何をアピールするか?造船城下町の新たな船出…今後の復活を願うばかりです。
  • 「ケガの功名?」
    2021.10.3
    先日、左肩の抜釘、関節授動術の手術を受けました。写真の如く左肩に入っていたプレートと釘を取り、軟骨と硬くなっている筋を取り除く手術でした。昨年の7月コロナの第一波が収まりかけていた頃、飲酒に出かけ、縁石に躓き転倒し、左肩を骨折した際、治療の為に肩にプレートを挿入していたのです。昨年は手術後の全身麻酔が切れた途端、左肩に激痛が走り、術後1週間は頓服薬のお世話になったのですが、今回の術後は激痛もなく、痛みも随分楽で今の所、頓服薬は飲んでいません。昨年の術後は切除部位の筋肉が収縮し、左腕を上げると痛みが走り、クリニックで天井からの紐を引っ張る、肩の滑車訓練機のリハビリも痛いばかりであまり効果が出ず数カ月で通院を止めました。結局、会社の近くのバランス整体(https://balance--seitai.com/)でストレッチポールによる治療と自宅でストレッチポールで出来るリハビリを指導され腕が上がるように成りました。今回もバランス整体に通い、自宅でもストレッチポールでリハビリをしようと思っています。只、このリハビリで良い事が有りました。私は仕事がら、机上でパソコン作業をする事が多く、肩こりに悩まされていたのですが、毎朝ストレッチポールでリハビリする事で肩甲骨が広がり、肩こりが治ったのです。正に「ケガの功名」です。皆さんも是非お試しください。


ページの先頭へ戻る